5. 皇居(明治宮殿)吹上地質実験図(こうきょ めいじきゅうでん ふきあげちしつじっけんず)

皇居(明治宮殿)吹上地質実験図の画像 

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皇居(明治宮殿)吹上地質実験図
写 1鋪 37.5×53.5 明治14年12月27日 外題「西丸造家師ションヤ、コンドル  吹上地質実験縮図」
A Geological Survey at Fukiage
請求記号:木89-3-8

 皇居の再建に向けた動きは、明治6年(1873)の火災の直後から始まっていました。ところが明治12年(1879)、赤坂仮皇居に建設中だった洋風石造謁見所が、地震で損壊するという事故が起こります。この事故を契機に、和風木造と洋風石造のどちらの様式で宮殿を建てるべきかをめぐる議論が活発になりました。この図面は、明治14年(1881)に宮内省御用掛となった榎本武揚(えのもとたけあき)がジョサイア・コンドルに委嘱した旧江戸城吹上の地質調査の結果で、コンドルは図中の第3号か第4号の位置が建設に適当であると報告しました。こうした調査を根拠に、榎本は西洋風の式典に適した石造謁見所の建設を主張し、明治15年(1882)3月には建設が決定されました。しかし同年8月に榎本が清国全権公使として転出すると、急に計画が変更され、洋風石造謁見所の建設は中止となりました。
 こちらの資料は、「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」でもご覧いただけます。

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