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江戸城造営関係資料(甲良家伝来)Q&A

-展示会におけるレファレンス-

2006年3月16日更新、2006年12月18日更新

国の重要文化財に指定されている当館所蔵の「江戸城造営関係資料(甲良家伝来)646点」は、昭和3年に当主伝次郎氏から日比谷図書館に納められた甲良家伝来の甲良家文書の中の一部です。
江戸幕府には、建設を担当する役所として建築を担当する作事方および小普請方、土木担当の普請方がありました。甲良家は、初代宗廣から11代棟隆まで作事方の大棟梁を勤めた家柄で、江戸城・寛永寺・日光東照宮など幕府直轄の建築工事の大部分に携わり、設計監督や理を行いました。
「江戸城造営関係資料(甲良家伝来)646点」は良好な状態で保存できるように、平成13年度から国庫補助を受けて修復事業を行いました。その修復完了を記念して、平成17年11月に展示会「江戸城を建てる」を開催しました。
ここでは、会場で寄せられたご質問から、いくつか取り上げてご紹介します。

(平成18年12月更新)Q2を修正しました。

Q1 甲良家の出身地はどこか。 

Q2 甲良家は江戸時代どこに住んでいたか。 

Q3 江戸城造営年度の万治度とはどういう意味か。 

Q4 紅葉山の霊廟は明治以降どうなったか。また、霊廟は「御霊屋」とどう違うか。紅葉山の霊廟には、6代将軍までが祀られているが、7代以降はどうなったか。 

Q5 江戸城櫓上のしゃちほこの製作者である渡辺銅意(どうい)入道正俊について教えてほしい。 

Q6 「江戸城御本丸御天守台絵図」の解説に、天守が燃えたとあるが、現在の江戸城天守の石垣は当時のままか、入れ替えたものか。 

Q7 和歌の浦の描かれた障壁画が江戸城の中にあると聞いたが、どの部屋にあったか。 

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