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大江戸カルチャー  

江戸の学問 / 地本・絵草紙屋  


江戸の本屋


『画本東都遊』より「絵草紙店」 浅草菴編 葛飾北斎画
享和2年(1802)刊

的中地本問屋 十返舎一九作・画
享和2年(1802)刊

18世紀に入ると文化の中心も上方から江戸に除々に移って来ます。地本とは、上方からの「下(くだ)り本」ではなく、江戸の地で作られた本という意味で名付けられた言葉ですが、江戸の町の出版文化を支えた存在の一つに、この地本問屋を挙げることが出来るでしょう。
地本問屋として有名なのが蔦屋重三郎(1750~1797)です。「吉原細見(よしわらさいけん)」という遊郭(ゆうかく)のガイドブックを始めとして、絵本、錦絵、稽古本、往来物等を次々と出版し、一方で多くの文化人と人脈を築き、彼らの作品の出版も手掛けていきました。


金々先生栄花夢 恋川春町作・画 安永4年(1775)刊

江戸の町では18世紀後半以降、それ以前に上方で流行した「浮世草子(うきよぞうし)」と呼ばれた作品とは違う、「戯作(げさく)」と呼ばれる文芸作品が誕生します。大人向けの絵入り本で表紙が黄色であったことからその名がついた黄表紙(きびょうし)、文章を主とした洒落本(しゃれぼん)や滑稽本(こっけいぼん)、読本(よみほん)、人情本(にんじょうぼん)など、読者の様々な要望に応えるべく多彩なジャンルの文芸書が登場しました。これらの江戸の人々に人気を博した作品を刊行していたのが蔦屋に代表される地本問屋だったのです。


南総里見八犬伝 曲亭馬琴画
文化11序~天保13年(1814~1842)刊

こうして生まれた作品と読者を結びつけたのが貸本屋でした。本は高価なこともあり、文化5年(1808)には江戸の町には656軒もの貸本屋が存在し、彼らの顧客は10万人を超えていたと考えられています。本屋だけでなく貸本屋を含めた出版業者が一体となって江戸時代の出版文化を支えていたのです。

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