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大江戸探訪  

江戸城に迫る / 文明開化スポット   


新橋‐横浜間に蒸気機関車が走る

東京銀座煉瓦石繁栄之図 新橋鉄道蒸気車之図 歌川国政画(四代) 明治6年(1873)刊

安政元年(1854)、日本に開国を求めて再度来航したペリーは、幕府に対してアメリカの科学技術と国力を示すために、蒸気機関車の模型を献上しました。大陸横断鉄道の敷設(ふせつ)事業に着手したばかりのアメリカにとって鉄道は文明のシンボルの一つだったのです。
日本において鉄道が新橋駅と横浜駅(現在の桜木町)との間に開通したのは明治5年(1872)のことでした。開通当時、この蒸気機関車のことを人々は「陸蒸気(おかじょうき)」と呼びました。海上を航行する蒸気船に対し、陸上を走ることから名付けられたのでしょう。

東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図 歌川広重画(三代) 明治4年(1871)頃

新橋停車場の駅舎は「新橋ステーション」と呼ばれ、絵葉書に取り上げられるなど新時代を象徴する名所となりました。横浜駅や横浜税関などの設計も手掛けたアメリカ人建築技師・ブリジェンスの設計によるものです。

横浜海岸鉄道蒸気車図 歌川広重(三代)画 明治7年(1874)刊か

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