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江戸落語の始まり

江戸落語の始まりは、17世紀後半に活躍した鹿野武左衛門(しかのぶざえもん)(1649~1699)によるものといわれています。武左衛門は、室内で身振り手振りを使って表現をする座敷仕方咄(ざしきしかたばなし)により江戸で人気となりますが、筆禍事件で罪に問われます。落語のブームは下火となり、江戸では以後100年ほど、咄本の出版がされるのみでした。

18世紀末頃、烏亭焉馬(うていえんば)(1743~1822)が中心になって、「咄の会」が盛んに催されるようになります。焉馬は、もと大工の棟梁で、本所堅川(たてかわ)沿いの相生町に住んだところから立川談洲楼(たてかわだんしゅうろう)とも称し、戯作者・狂歌師としても活躍しました。焉馬は、五代目市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)(1741~1806)を贔屓にしており、「三升連」(「三升」は団十郎の定紋)を組織し、さまざまな活動を行います。「咄の会」も三升連と一体の活動でした。「咄の会」では、当時の文化人が集まって自作の落し噺を披露し合いました。「咄の会」の成果は、宣伝の意味を含め『喜美談語(きみだんご)』や『落噺詞葉(おとしばなしことば)の花』などの咄本として出版されました。これを契機に、江戸では自作の咄を自ら演じることが流行し、多くの職業落語家が誕生しました。


落噺詞葉の花 烏亭焉馬編 寛政9年(1797)刊

落話中興来由 式亭三馬著 文化12年(1815)序

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